「吸わせても地獄、禁煙にしても地獄」倒産急増の居酒屋を悩ませるたばこ包囲網の現在地
- 三輪大輔

- 6月5日
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更新日:6月8日
三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
2020年4月の改正健康増進法全面施行により、飲食店は全国的に原則屋内禁煙となった。いまでは、居酒屋でたばこを吸えないことも珍しくない。私自身もたばこは吸わない。たばこを吸わない人にとって、煙や臭いを気にせず過ごせる店内環境は重要である。受動喫煙対策が必要であることも当然だと思っている。吸う人も吸わない人も、互いに気持ちよく過ごせる環境づくりは、飲食店にとって避けて通れない課題である。
一方で、個店の居酒屋が置かれている状況はかなりシビアだ。たばこを排除すれば、喫煙客を失う可能性がある。かといって、分煙ブースや喫煙専用室を置けば、客席を削り、費用もかかる。店内で吸えないなら外で吸ってもらえばいい、という対応も、都市部では簡単ではない。今、居酒屋とたばこの関係は、大きな転換点にある。
飲食店の喫煙ルールは全国一律ではない
2020年4月の改正健康増進法全面施行により、飲食店は全国的に原則屋内禁煙となった。
ただし、国の制度には経過措置がある。2020年4月1日時点で営業していた小規模な既存店については、一定条件を満たせば、喫煙可能店として残れる余地がある。ここで重要なのは、「既存店」に限られるという点だ。新しく開業した店が自由に喫煙可能店を選べるわけではない。新規店は原則として屋内禁煙であり、喫煙環境を設ける場合は、基準を満たした喫煙専用室などを整える必要がある。
さらに、国の制度だけで喫煙ルールが決まるわけでもない。東京都では、従業員のいる飲食店を原則屋内禁煙とした。大阪府でも2025年4月から、客席面積30平方メートルを超える飲食店が原則屋内禁煙となった。千葉市のように、独自の条例を設けている自治体もある。つまり、飲食店の喫煙ルールは全国一律ではない。国の制度を土台にしながら、自治体ごとの上乗せ規制が重なっている。都市部を中心に、喫煙可能な飲食店の範囲は少しずつ狭まりつつある。
「外で吸えばいい」も通じにくい時代
店内で吸えないなら、外で吸えばいい。かつてはそう考えられたかもしれない。しかし、都市部ではその対応も簡単ではない。路上喫煙禁止区域は広がっている。店先に灰皿を置けば、煙、吸い殻、人だまり、会話の声などが近隣トラブルにつながる可能性もある。特に住宅や他店舗が密集するエリアでは、店の外に喫煙者が集まること自体が問題になりやすい。個店の居酒屋にとっては、店内で吸わせることも難しく、店外で吸ってもらうことも簡単ではない。
横丁や雑居ビルの小規模な飲食店では、さらに難しい。店そのものが狭く、店内に喫煙専用室を設ける余地が乏しい。そうなると、近隣の公衆喫煙所や共同喫煙スペースの有無が、店の使われ方にも影響してくる。
新宿西口の思い出横丁のような場所では、個々の店が分煙設備を持つことは現実的に難しい。エリア全体として喫煙者をどう受け止めるか。公衆喫煙所をどこに置くか。喫煙者が店を離れても戻ってこられる導線があるか。喫煙ルールは、一店舗だけの問題ではない。街の設計の問題でもある。
居酒屋離れの主因ではないが、補助要因にはなり得る
居酒屋の苦しさは、喫煙ルールだけで説明できるものではない。原材料費や人件費の上昇、宴会需要の縮小、会社飲みの減少、価格転嫁の難しさ、コロナ禍後の生活習慣の変化。居酒屋を取り巻く逆風はいくつもある。倒産件数が高水準で推移している背景にも、こうした複数の要因が重なっている。そのため、禁煙化が居酒屋離れの主因だと断定するのは危うい。
ただし、補助要因として見ることはできる。居酒屋は、もともと飲酒頻度の高い層に支えられてきた業態である。そして、飲酒と喫煙は生活習慣として重なりやすい。酒を飲み、たばこを吸い、もう一杯頼む。話が長くなり、もう一軒行く。かつての居酒屋には、そうした時間の流れがあった。
もちろん、その風景が無条件に望ましいと言いたいわけではない。たばこを吸わない人にとって、煙や臭いのある店内は不快である。受動喫煙を避けたいという感覚は当然だ。ただ、喫煙者にとって、たばこが吸えないことは来店動機や滞在時間を弱める一因になり得る。特に夜の居酒屋、バー、スナック、繁華街の店では、喫煙環境の有無が店選びに影響することは十分に考えられる。
喫煙率は長期的には下がっている。それでも、喫煙者が消えたわけではない。さらに近年は加熱式たばこの普及により、喫煙の形も変わっている。飲食店にとっては、喫煙者を一律に切り離すのか。分煙によって受け止めるのか。あるいは完全禁煙を価値として打ち出すのか。その判断が、これまで以上に重要になっている。
分煙ブースは売上を生まない。それでも客を失わないための装置になる
分煙ブースや喫煙専用室は、飲食店にとって簡単な選択ではない。限られた店舗面積の中で、売上を生む客席の一部を削ることになる。導入費用もかかる。維持管理費も発生する。紙巻きたばこも吸える喫煙専用室では、原則として室内で飲食はできない。つまり、分煙ブースを置けば、それ自体が売上を直接生むわけではない。
それでも導入を検討する店があるのは、喫煙できないことで来店候補から外されるリスクがあるからだ。喫煙者を含むグループ客を取りこぼさない。非喫煙者にも配慮した空間を保つ。その両立を図るために、客席を削ってでも分煙環境を整える店が出てくる。
ここに、居酒屋の苦しさがある。吸わせれば、非喫煙者が離れる可能性がある。吸わせなければ、喫煙者が離れる可能性がある。分煙しようとすれば、客席と費用が必要になる。外で吸ってもらおうとしても、路上喫煙禁止や近隣トラブルの問題がある。まさに、吸わせても苦しい、吸わせなくても苦しい、という状況である。
だからこそ、分煙は単なる法令対応ではない。誰を主客にするのか。どの客層を受け止めるのか。どのような店内環境を価値として打ち出すのか。喫煙環境の扱いは、飲食店の顧客設計の問題になっている。
「喫煙目的店」は抜け道ではない
喫煙をめぐる制度には、喫煙目的施設という枠もある。喫煙を主目的とするバーやスナック、たばこ販売店、公衆喫煙所などに認められるものだ。喫煙目的室では喫煙が可能であり、一定の範囲で飲食も可能とされている。
ただし、一般的な居酒屋やレストランが自由にこの枠を使えるわけではない。飲食を主目的とする店は、喫煙目的施設には該当しないとする自治体の説明もある。つまり、喫煙目的店は、通常の飲食店が喫煙可能店として残るための抜け道とは言いにくい。
結局のところ、多くの飲食店にとって現実的な選択肢は限られている。完全禁煙にするのか。加熱式たばこ専用喫煙室を設けるのか。紙巻きたばこにも対応した喫煙専用室を設けるのか。あるいは、公衆喫煙所など外部の喫煙インフラに頼るのか。どの選択にも、メリットとリスクがある。
分煙を「集客策」として見る動き
近年、飲食店向けの分煙ブースや喫煙環境整備を、単なる法令対応ではなく、集客策として捉える動きも出ている。これは、禁煙化の流れに逆行する話ではない。むしろ、禁煙化が進んだからこそ、ルールに則った喫煙環境を整えた店に、一定の希少性が生まれているということでもある。
なぜ、その余地が生まれているのか。それは、喫煙者を無視できない飲食店があるからだ。とりわけ居酒屋は、喫煙者を完全に切り離すことが、売上や滞在時間、グループ利用に影響する可能性がある。もちろん、禁煙化を選ぶことも立派な経営判断である。家族客、若年層、女性客、インバウンドなどを取り込むうえでは、煙のない店内環境が大きな価値になる。完全禁煙を打ち出すことで、選ばれやすくなる店もある。
一方で、喫煙環境を整えることで、特定の客層から支持される店もある。喫煙者が減っているからこそ、吸える場所には希少性が生まれる。だが、その希少性は、法令や条例の範囲内で整えなければならない。
ここに、分煙ブースや喫煙専用室の存在意義がある。たばこを吸わせるためだけの設備ではない。吸う人と吸わない人の距離をどう設計するか。店内の快適性をどう守るか。喫煙者を含むグループ客をどう受け止めるか。そうした複数の課題を同時に解くための装置である。
喫煙環境は、街と店の経営判断になった
居酒屋とたばこの関係は、かつてよりもずっと複雑になっている。受動喫煙対策は必要である。たばこを吸わない客が、煙や臭いを気にせず過ごせる環境づくりは、飲食店にとっても重要だ。
一方で、居酒屋という業態は、酒とたばこが結びついていた時間を長く受け止めてきた。喫煙者を完全に切り離すことが、メイン顧客の一部を失うことにつながる店もある。吸わせても苦しい。吸わせなくても苦しい。それが、今の居酒屋とたばこの関係ではないか。
分煙ブースを置けば客席を削る。置かなければ喫煙者を取りこぼす可能性がある。店外で吸ってもらうにも、都市部では路上喫煙禁止や近隣トラブルの問題がある。喫煙環境は、もはや単なるマナーや法令対応ではない。店の立地、客層、業態、街の喫煙インフラを踏まえた経営判断である。
「吸える店」は減っていくのか。おそらく、その流れは今後も続くだろう。ただし、喫煙者がいなくなるわけではない。だからこそ、居酒屋には、たばこを排除するか受け止めるかという二択ではなく、自店の客層に合わせてどう設計するかが問われている。分煙とは、単に煙を分けることではない。変わり続ける街の中で、誰とどう共存するかを考えることでもある。


