なぜ串カツ田中は社名変更するのか?「ユニシアホールディングス」への改名と1000店構想の全貌
- 三輪大輔

- 2 時間前
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「串カツ田中」は、いま大きな転換点に立っている。2025年12月、創業者である貫啓二氏が代表取締役社長CEOに復帰し、坂本壽男氏が退任。さらに2026年3月1日付で、社名を「ユニシアホールディングス」へ変更すると発表した。この一連の動きは、単なる人事や名称変更ではない。ヒット業態を持つ外食企業が、次の成長段階へ進むための構造転換である。

数字に強い経営と、現場型リーダーの好循環
坂本氏が社長に就任して以降、筆者は同社を二度取材している。坂本氏は公認会計士出身で、数字に極めて明るい経営者であった。一方、現場出身で「スーパー店長」として名を馳せた大須賀氏は、第二の柱を担う組織「セカンドアロー」を率い、商品開発や業態づくりを担当した。

坂本氏(右)と大須賀氏
財務規律と現場感覚。この二つが噛み合ったことで、「無限ニンニクホルモン串」などのヒット商品が生まれ、2025年11月期の連結決算では、売上高210.9億円、純利益7.4億円と大幅な増収増益を達成した。経営の安定と収益改善という点では、間違いなく成果は出ていた。
それでも「串カツ田中の次」が出なかった理由
しかし、課題も明確であった。串カツ田中という強力な主力業態の次が、業態レベルでは育たなかったのである。
第二の柱をつくる目的で設立されたセカンドアローは、令和7年3月1日付で串カツ田中本体と合併した。同社は「焼肉くるとん」や「鳥玉」といった新ブランドを展開してきたが、スケールには至らなかった。
「鳥玉」はフードコートへの出店や、「鳥玉・串カツ田中 アパホテル上野御徒町駅前南店」のような複合型店舗も試みたが、成長曲線を描くには至らなかった。一方、「焼肉くるとん」は串カツ田中とは異なる客層を狙える業態であり、ドミナント展開の可能性もあったが、出店スピードは決して速くなかった。
海外では、オレゴン州などでカツサンド専門店「TANAKA」を展開するなど挑戦も行ったが、全体としては「もっと出したかった」というのが実感に近い。
1000店構想と、M&Aという現実解
同社が掲げる目標は「2035年までに1000店」である。この数字は、串カツ田中単体では達成できない。
そこで浮上してくるのが、M&Aを含む多ブランド戦略だ。その象徴が「PISOLA」の買収である。自社開発だけにこだわらず、外部ブランドを取り込みながら成長スピードを上げる。これは、外食企業が次のフェーズに進む際の現実的な選択である。
現に、関西を中心に60店舗近く展開する「PISOLA」を傘下に収めたことで、同社は400ほどまで店舗数を伸ばしている。
創業者復帰と社名変更が示すもの
2025年12月16日付で発表された創業者復帰は、この流れを加速させる意思表示である。そして社名変更は、その思想をより明確に外部へ示す行為だ。
飲食業界では、FOOD & LIFE COMPANIESエターナルホスピタリティグループなど、特定ブランドに縛られない社名へ移行する動きが続いている。共通点は明快である。単一ブランド企業から、ブランドポートフォリオを束ねる企業へ。社名変更は、その経営モデルの転換宣言なのだ。
串カツの会社から、外食企業へ
「ユニシアホールディングス」という社名は、串カツ田中という成功体験から一歩距離を取るための装置である。グループ再編、ブランド価値の向上、事業多角化。いずれも、次の成長曲線を描くために避けて通れない。
串カツ田中は今、ヒット業態を持つ外食企業が必ず直面する問いに向き合っている。その答えが、創業者復帰であり、社名変更であり、M&Aを含む多ブランド戦略である。この転換が成功するかどうかは、これから数年の投資判断とブランド育成が証明することになるだろう。
ただ個人的には、企業が拡大フェーズから管理フェーズを経て、再成長フェーズへ移行する局面で、創業者である貫啓二氏が再び経営の前線に立つという構図に、どうしても期待せずにはいられない。



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