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飲食店倒産が過去最多の900件へ。大手が最高益を更新する裏で、なぜ『街の灯火』は静かに消えるのか

  • 執筆者の写真: 三輪大輔
    三輪大輔
  • 3 日前
  • 読了時間: 9分

更新日:1 日前

昨日まで当たり前にあったはずの行きつけの定食屋。今日、足を運んでみると、色褪せたシャッターに一枚の貼り紙が残されている。「店主高齢のため」「諸般の事情により」。そんな簡潔な言葉とともに、長年地域に愛されてきた場所が、ある日突然、地図から消えてしまう。日本各地でこうした光景が静かに、しかし確かに増えている。


【2025年データ】飲食店倒産が過去最多900件

個人経営を追い詰める「静かな廃業」

今、日本の食文化の足元を支えてきた個人経営の飲食店が、かつてない危機に瀕している。中でも、表舞台に現れにくい「静かな廃業」が、見過ごせない規模で広がっている。まずは、その実態をデータから確認していこう。


帝国データバンクが2026年1月13日に発表した調査結果によれば、2025年の飲食店経営事業者の倒産はついに900件に達した。2024年の過去最多記録(894件)を塗り替え、初の900件台という、例のない異常事態に突入したのだ。



業態別の内訳を見ると、居酒屋を主体とする「酒場・ビヤホール」が204件で最も多かった。さらに、町中華やラーメン店を含む「中華・東洋料理店」が179件(前年比13.3%増)、「日本料理店」が97件(同26.0%増)と、それぞれ通年で過去最多を更新している。


一方で、負債総額は約442億2700万円と、前年の約600億500万円を大きく下回った。これは、負債5000万円未満の小規模倒産が696件と全体の77.3%を占めたためである。つまり、倒産件数は増えている一方で、一軒あたりの規模は小さくなっている。数字が示しているのは、資本力のない個店が追い詰められている実態だ。


特定の業態に目を向けると、さらに深刻な状況が顕在化している。東京商工リサーチが2026年1月7日に公表したデータによれば、2025年の焼肉店の倒産件数は前年比31.1%増の59件に達した。これまで最多だった2024年の45件を大きく上回り、2年連続で過去最多を更新している。



また、同じく同社の集計によれば、「粉もん(お好み焼き・たこ焼き)」店も、2009年の集計開始以来最多となる28件(前年比33.3%増)を記録した。



これら両社の調査結果を合わせて見ると、厳しい現実が浮かび上がる。倒産した焼肉店の約7割(72.8%)が従業員5人未満であり、粉もん店に至っては、その9割超(92.8%)が資本金1000万円未満の事業者だった。


外食業界の「二極化」が鮮明に。

大手チェーンが過去最高益を叩き出す裏で、なぜ個店は倒産するのか?

日本マクドナルドホールディングスは、2024年12月期決算(2025年2月発表)において、全店売上高・営業利益ともに過去最高を更新した。ゼンショーホールディングスも、2025年3月期決算で売上高1兆円を突破し、過去最高益を塗り替える勢いを見せている。さらに、すかいらーくホールディングスも、2024年12月期に大幅な増収増益を達成し、V字回復を鮮明にした。スケールメリットを生かした価格交渉力と、徹底したDX投資による効率化が、大手チェーンにかつてない高収益をもたらしている。



個店と大手チェーンの鮮明な二極化は、現在の飲食業界が抱える歪みといっていいだろう。原材料費や人件費の高騰という荒波を、大手チェーンが成長の糧に変えて最高益を更新する一方で、地域に根ざし、家族経営や少人数で店を回してきた個店は、なすすべもなく、その波にのみ込まれていく。


そもそも個店には、大手のような価格交渉力も、効率化のためのシステム投資の余力もない。値上げを決断すれば客が離れるのではないかという逡巡の末に、店主たちは次の一手を打てないまま体力を削られていく。その結果、彼らは大々的に報じられることもなく、ある日ひっそりと看板を下ろす。


こうした飲食店側の問題に加え、消費者側の変化も無視できない。家計の可処分所得が伸び悩む中で、外食に安さを求める消費行動が強まっている現実もあるからだ。生活防衛を迫られる消費者にとって、徹底した効率化によって低価格を維持し続ける大手チェーンの姿勢は魅力的だろう。インフレ局面においても大手チェーンが比較的堅調な業績を維持している背景には、こうした価格や利便性を重視する消費行動が、一定程度影響していると考えられる。


しかし、安さを求める選択の積み重ねが、結果として地域固有の味や、かつての街の賑わいを支えてきた個店を静かに追い詰めている側面も否定できない。これこそが、今、飲食業界で進行している「静かな廃業」の実像である。


「閉店ラッシュ」で失われる地域の味を守れ。

テックと情熱で挑む「技術継承」の新たな形

この「閉店ラッシュ」を、単なる時代の流れとして片付けてしまうのは早計だ。個店が閉店すれば、そこで積み重ねられてきた味や技術は、継承されないまま失われる可能性が高い。

中でも深刻なのが、長年ファンに支えられ、もはや街の文化の一部となってきた老舗の存在だ。そうした店の「味」が失われることは、単なる一軒の閉店にとどまらない。その土地の歴史の一部が欠落するに等しい。


こうした危機感のもと、近年では、失われかねない「味」や技術を、別の形で次代につなごうとする動きも生まれ始めている。例えば、株式会社ミナデインが展開する「絶メシ」や「まぼろし商店」といった取り組みだ。全国各地の絶やしたくない絶品メシのレシピをアーカイブし、ECサイトで再現・提供する。個人の記憶に委ねられてきた「味」を、社会全体で共有し、未来へ残そうとする試みである。


株式会社ミナデイン代表取締役の大久保伸隆氏は、「まぼろし商店」という取り組みについて、かつてこう話している。


株式会社ミナデイン代表取締役の大久保伸隆氏
株式会社ミナデイン代表取締役の大久保伸隆氏

「もし100レシピ集めることができたら、日本の食文化の保全に貢献できるインパクトを残せるでしょう。また、レシピをIP(知的財産)化できたら、閉店する店主の方の退職金になるかもしれません。愛着のあるお店なので、辞めどきに困る方は多いと思います。だからこそ、まぼろし商店は『終わりを始まりに変える』というコンセプトで運営を行い、業界を引退した後の人生も豊かなものになるようにサポートしていきたいです」  


個人の記憶に委ねられてきた「味」を社会全体で共有し、店主のその後の人生までも守ろうとする、新たな継承の形である。


また、東京レストランツファクトリーのように、「未来に残したい日本 継なぐプロジェクト」を立ち上げて、「HOME’S PASTA」や「鶴橋 焼肉 松よし」といった後継者不在の名店のバトンを引き受け、経営のプロとして暖簾を次世代へ繋ぐ動きも広がっている。味や屋号だけでなく、店が培ってきた文脈そのものを引き継ごうとする点に、この取り組みの本質がある。代表取締役の渡邉仁氏は、プロジェクトへの想いをこう話す。


「絶望のスパゲッティ」が人気の「HOME’S PASTA」
「絶望のスパゲッティ」が人気の「HOME’S PASTA」

「もともと私自身、学生時代から『HOME'S PASTA』の大ファンでした。20歳ぐらいからずっと通っていて、大げさではなく月1回は必ず食べに行っているくらい好きです。(中略)いわば、事業承継を決めたのは、HOME'S PASTAがなくなったら嫌だなという気持ちだけです。価値ある味が途絶えてしまうことだけは避けたいという思いが、私を突き動かしたともいえるかもしれません」


さらに、調理の現場を支える技術の側面からは、TechMagic株式会社の取り組みが示唆的だ。同社が開発した「I-Robo 2」は、熟練の職人が持つ火加減や攪拌(かくはん)の技術を数値化し、安定して再現することを可能にしている。従来は一人前の中華鍋を振るまでに数年の修行が必要だった工程を、このロボットは短時間で習得し、均一な品質で提供できるという。つまり、店主が長年かけて築き上げた「失われていく味」をロボットに覚えさせ、次世代へ繋ぐことができるということだ。


職人の味を再現できる「I-Robo 2」
職人の味を再現できる「I-Robo 2」

調理工程をロボットで再現する同社の技術は、単に人を置き換えるためのものではない。人手不足を解消するだけでなく、店主が厨房に立ち続けられなくなった後も、その「味」を再現し続けるための、新たな継承の形といえるだろう。


コロナ禍とは異なる「見えない危機」

コロナ禍は、誰の目にも明らかな「危機」だった。緊急事態宣言の発出による営業自粛や時短要請という、分かりやすい制約のもとで「応援消費」という言葉が広がり、多くの人が馴染みの店を救うために立ち上がった。実際に、デリバリーやテイクアウト、クラウドファンディングによって、首の皮一枚をつなぎとめた飲食店も少なくない。


しかし、今、進んでいるのはそれとは質の異なる危機である。目立った規制はない。営業もできている。だが、原材料費や光熱費、人件費の上昇がじわじわと経営を圧迫し、静かに体力を奪っていく。これは一時的な現象ではない。競争環境の構造的な変化の下で、飲食店は価格設定や客との関係性を含め、ビジネスのあり方そのものの転換を迫られているのだ。


一方で、業界全体の構造に目を向けると、日本の飲食店数は人口比で見ても世界的に極めて多く、以前から過剰供給の状態にあったことは否めない。しかも、コロナ禍における手厚い協力金や助成金が、淘汰の流れを強力に押し止めたのも事実だ。本来であれば市場を去っていたはずの店舗も、これにより首の皮一枚がつながっていた側面がある。


しかし今、その猶予期間は完全に終わり、過去に例を見ないコスト高と人手不足の直撃を受けている。さらに、積み重なったゼロゼロ融資の返済負担も重くのしかかる。「コロナを生き延びてしまった」がゆえに自力での転換が遅れ、結果として現在の急激な倒産ラッシュを招いているという皮肉な側面も、この危機の無視できない正体である。


飲食店大倒産時代の「私たちの選択」。

街の灯火を消さないために、今日どこで食べるか

こうした状況を前に、「個店が潰れても、チェーン店があるのだから問題はないのではないか」という声もあるだろう。私自身、チェーン店を否定するつもりはない。安定した品質と手頃な価格で食を支える存在として、重要な社会インフラであることは間違いない。


ただし、日本の飲食業界は裾野が広いからこそ発展してきた。実際、業界の常識を塗り替えてきた取り組みの中には、個人店から生まれたものも少なくない。一人焼肉や、つけ麺といった食のジャンルも、最初は小さな店の試行錯誤から芽吹き、やがて市場全体へと広がっていった。


インバウンドが日本に求めるのも、個性豊かな「食」だ。それが今、海外進出が当たり前となり、世界で戦うコンテンツとして評価されている。その魅力を下支えしているのは、一つ一つの個性ある店の積み重ねにほかならない。もし街がチェーン店ばかりになれば、食の多様性は薄れ、結果として日本の食文化が持つ競争力も、限定的なものになってしまうだろう。


今日、どこで何を食べるか。その一見ささやかな個人の選択は、数年後の私たちの街にどれだけの彩りを残せるかを左右する。街の灯火を守るのは、行政の支援でも時代の風潮でもない。今日、その店の椅子に座り、熱い一皿を待つ、私たち一人一人の選択である。


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