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「飲まない客」を拒む居酒屋の本音。アルコール粗利の崩壊と「第3の危機」

  • 執筆者の写真: 三輪大輔
    三輪大輔
  • 5月14日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月19日

                         三輪大輔|外食ビジネスアナリスト


アルコール粗利の崩壊と、変わり始めた“酒場”の役割

居酒屋をめぐる「飲まない客」論争が、SNSで定期的に再燃している。 「ソフトドリンクしか頼まないなら居酒屋に来るな」 「いや、メニューにある以上、何を頼もうが自由だろう」

一見すると、単なるマナー論や世代間の価値観の衝突にも見える。しかし、この問題の背景には、現在の居酒屋が抱える、極めて構造的な変化が存在している。


「飲まない客」を拒む居酒屋の本音

「飲まない客」論争の裏にある、居酒屋の“三つの危機”

特に個店の居酒屋は今、「市場縮小」「コスト高」、そして「客層変化」という三つの危機に直面している。


一つ目は、酒離れや飲み会文化の衰退による市場縮小だ。かつてのように「会社終わりに飲みに行く」という習慣そのものが弱くなり、コロナ禍を経てその流れはさらに加速している。


二つ目は、原材料費、光熱費、人件費などの高騰によるコスト増である。特に居酒屋は、深夜営業や火を使う調理も多く、エネルギーコストの影響を受けやすい業態だ。加えて、慢性的な人手不足も続いている。


そして三つ目が、「客層の変化」である。SNSが居酒屋を「レストラン化」したかつて喫茶店が禁煙化を経てカフェへと変化したように、居酒屋もまた変容せざるをえない時代を迎えている。その引き金の一つがSNSだ。


料理や空間の魅力が可視化されたことで、居酒屋は「酒を飲む人のための場所」ではなく、「気になる店があれば気軽に行く飲食店」へと変わり始めた。実際、現在の若い世代は「飲み会」を目的に居酒屋へ行くとは限らない。料理、空間、会話、写真映え。そうした体験価値を求めて居酒屋を利用している。つまり客側の感覚としては、居酒屋はすでに「レストラン化」しているのである。しかし、店側の収益構造は、そう簡単には変えられない。


居酒屋は「何杯飲むか」で成立している

居酒屋にとって、ピークタイムの「席」は、収益を最大化すべき有限の資産である。だからこそ、突き詰めると、居酒屋は「何杯飲んでもらえるか」で成り立っている業態でもある。

もちろん店によって差はある。しかし、一般的な個店居酒屋であれば、客単価を維持するために「2時間で4〜5杯前後」のドリンク注文、あるいはそれだけの売上を上げる大口の客による補填を前提に、ようやく採算ラインが見えてくる店も少なくない。なぜなら、居酒屋は料理単体で利益を最大化する価格設計になっていないケースが多いからだ。


特にハイボールのような「低負荷・高粗利」のドリンクは、居酒屋経営を支える象徴的な存在だった。原価率、提供スピード、オペレーション負荷の低さなど、多くの面で居酒屋との相性が良く、少ない現場負荷で利益を確保しやすい生命線だったのである。


しかし現在は、その前提そのものが揺らぎ始めている。コスト高で損益分岐点が跳ね上がった現在、ウーロン茶一杯の客と、酒を数杯飲む客では、店に残る粗利に数倍の差が生まれる。


チェーンのように大量仕入れやDX、複数店舗での吸収ができない小規模な個店では「一卓」の重みが極めて大きい。席効率の低下は、もはや個店の経営努力だけで吸収できるレベルを超えつつあるのだ。


なぜ「居酒屋のご飯」は安くてうまいのか

例えば、980円の刺身盛り合わせ。客側から見れば、「この価格でこのボリュームはすごい」と感じるが、実際にはアルコールの利益込みで成立している価格だ。料理だけで利益を取ろうとすれば、本来はもっと高く設定しなければならない。特に現在は、魚介や野菜など原材料価格そのものが高騰している。それでも居酒屋側は、「来店動機」として料理の魅力を維持しなければならない。


「飲まない客」を拒む居酒屋の本音

しかもSNS時代になり、その傾向はさらに強まった。刺身、肉料理、土鍋ご飯、創作メニュー。今の居酒屋は、料理そのものの魅力が大きく進化し、「行ってみたい店」として消費されるようになっている。


しかし、その豪華なメニューが成立しているのは、あくまで「他のお客が酒を飲んでくれる前提(アルコールによる原価補填)」があるからだ。客側に悪気があるわけではなく、「居酒屋のご飯が好き」という感覚も自然だが、店側からすると、アルコールの粗利によって維持されている価格体系の“おいしい部分”だけを消費されているように感じてしまうのが、この論争の本質である。最初から「食事だけ」の業態として成立させるなら、現在の居酒屋の価格帯では絶対に維持できない。


モクテルは“救世主”にはなれない

そのため近年は、高単価なノンアルコール飲料や夜定食の導入など、「飲まない客」を前提にした業態づくりも始まっている。その象徴の一つが、ノンアルコールカクテルである「モクテル」だ。


コロナ禍で一気に注目を集めたが、モクテルは万能な解決策ではない。実際には材料点数が増え、オペレーションの手間もかかる。さらに、アルコールのように「何杯もおかわりされる」ケースは少なく、居酒屋側からすると必ずしも利益効率が高い商品ではない。つまり、「飲まない客への対応」は、単純にノンアルメニューを増やせば解決するほど甘い話ではないのである。


居酒屋は、どこへ向かうのか

一方で、利益確保のために「1人2ドリンク制」などのルールでガチガチに縛れば、居酒屋特有の「余白」や「色気」は失われてしまう。少し雑多で、少し騒がしく、それでも妙に落ち着く。一人でも入れるし、複数人でも成立する。「とりあえず行くか」が許されるあの空気感(=寛容さ)こそ、居酒屋文化の本質だったはずだ。だから今、問われているのは、「飲む・飲まない」のマナー論ではない。


酒場として生まれた居酒屋を、この時代にどう適応させていくのか。そして、その変化の中でも、居酒屋らしい「余白」や「色気」をどう残していくのか。コストの論理と文化の存続の狭間で、日本の居酒屋はいま、大きな転換点に立たされている。


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