【グルメ/ラーメン】新宿御苑前「支那蕎麦 澤田」
- 三輪大輔

- 4月30日
- 読了時間: 4分
更新日:2 日前
三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
年を重ねると、同じ記憶でも少し表情を変える。
当時の私はまだ若く、世の中のことも、仕事のことも、よくわかっていなかった。二十数年前、新宿御苑前の会社に勤めていた頃の出来事だ。大学卒業後、就職をしていなかった僕にとって、新宿御苑の古いビルに入る求人広告の代理店は、初めて社会人として働いた会社だった。
社員が十数人しかいない小さな会社だったが、個性的な人が多かった。その人も、その一人だ。「〇〇さんのところ行ってきまーす」と、始業と同時にそう言って会社を出ると、そのまま一日戻ってこない。営業のアドバイスを求めると、「血尿が出るくらい頑張ることだ」と真顔で言う。大袈裟な人だな、と当時は半ば呆れていた。「承知しました」と返しただけで、「なんだその言い方は」と叱責されたこともある。今ならパワハラ認定されてもおかしくない、どブラックな職場だった。
その人は、オーナーの息子だった。今振り返れば、好き勝手やっているように見えた一方で、小さな会社を背負う立場としてのプレッシャーもあったのだろう。時代の変わり目でもあった。会社そのものが揺れていた。実際、僕が会社を辞めたきっかけも、リーマンショックによって求人需要が急激に冷え込んだからだ。
ただ、年を重ねると、不思議なものである。同じ記憶でも、少しずつ表情が変わってくる。当時は理解できなかったことに、別の感情が混じるようになる。
先日、ふと懐かしくなり、かつての職場があった場所へ向かった。しかし、そこにあったビルは取り壊されていた。跡地にはホテルが建つという。街は変わる。新宿御苑前も、かつてとは明らかに空気が違う。昔は、都会の中にある小さな“隠れ里”のような街だった。個人店が多く、少し歩けば老舗や名店に当たる。ラーメン店も、正直そこまで多くはなかった。大袈裟ではなく、当時は「大勝軒」に週一で通っていたくらいである。
だが今は、新宿や四谷の家賃高騰の影響もあり、飲食店が御苑方面へ流れてきている。新しくオフィスを構える企業も増え、外国人観光客の姿も珍しくない。街全体が、静かな住宅街から、“選ばれるエリア”へ変わり始めている。
特にラーメン店の充実ぶりは凄まじい。「RAMEN MATSUI」や「SOBA HOUSE 金色不如帰」、そして以前紹介した「麺宿 志いな」など、名店クラスの店が次々と生まれている。
その日、私が向かったのは「支那蕎麦 澤田」である。新宿御苑前駅からほど近い場所に店を構える同店は、派手さはない。しかし、静かに輪郭を持った店だ。外観には品があり、暖簾の佇まいにも空気感がある。最近増えている“映えるラーメン店”とも少し違う。
訪問したのは13時過ぎ。数人の待ち客がいたが、回転は比較的スムーズだった。注文したのは「特製支那蕎麦」。着丼した瞬間、まずスープの透明感に目を奪われる。美しい琥珀色である。醤油の香りは立っているが、角がない。鶏や乾物の旨味が丁寧に重ねられ、静かに広がっていく。

最近のラーメンは、“わかりやすい強さ”を競う方向へ進みがちだ。濃厚、濃密、極太、背脂、ニンニク。しかし、この一杯は違う。派手ではない。それでも、一口ごとにじわじわと引き込まれる。麺はしなやかな細麺。スープとの一体感が非常に高い。特製にすると、チャーシューやワンタン、味玉などが加わるが、どれも過剰に主張しない。全体の調和を崩さない設計になっている。特にワンタンの滑らかさは印象的だった。
食べながら、昔のことをぼんやり考えていた。ビルが取り壊されているのを見て、今でも繋がりのある先輩に連絡を取ってみた。もう会社は存在していなかった。連絡を取った先輩も転職していた。そして、あのオーナーの息子も亡くなっていた。「多機能不全だったらしいよ」と、先輩は静かに教えてくれた。
街も変わった。人も変わった。自分も変わった。ただ、不思議なことに、ラーメンだけは、昔の記憶と現在を自然につないでくれる瞬間がある。新宿御苑前は、今、本当にいいラーメン店が多い街になったと思う。だが同時に、それは街が変わったということでもある。
この街で働いていた頃の私は、まさか二十数年後に、こうしてラーメンを食べながら、なくなってしまった街の時間を思い返すことになるとは、思ってもいなかった。



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