なぜ、批評される仕事の私はこの本に救われたのか。『他人の言葉をスルーする技術』で知った、心ない言葉を玄関で止める方法
- 三輪大輔

- 3月24日
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更新日:2 日前
三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
「こいつは何もわかっていない」
記事を書いていると、そうした言葉を目にすることがある。私は職業柄、とにかく他人から批評をされる立場にある。Yahoo!ニュースなどで記事を書いていることもあり、執筆後は世間の反応を探るためにSNS等に目を通すことも多い。そこには、励みになる言葉もある。一方で、時に心ない言葉が並んでいる。
「こいつは何もわかっていない」
「ただのコタツ記事を書くな」
どんなに「気にしないでおこう」と頭で思っていても、言葉の棘は刺さる。刺されば、ちくっと痛む。それが人間というものだ。しかし、本当に厄介なのは、その瞬間的な痛みそのものではない。ちくっと刺さったあとに、その傷跡がどうしても気になってしまうことだ。
「やはりあの論理展開では弱かったのだろうか」
「ネタにパンチが足りなかったのか」
そうやって、自分の中でいつまでも反省のループが始まってしまう。こうした経験があるからこそ、私は他人の言葉との距離感について書かれた本を、定期的に手に取るようになった。
他人の言葉にどう向き合うかを扱った本は多い。私も、必要に応じてそうした本を読んできた。その中で、書く仕事を続けるうえでも役に立つと感じた一冊がある。みきいちたろう著『プロカウンセラーが教える他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)である。

私自身が読んだ中で、群を抜いて実践的であり、学びが多かったと感じるものは、ブッダの教えを紐解いた名著『反応しない練習』と、この本の2冊だ。
「人の話を聞く専門家」だからこそ陥る、公私の曖昧さ
本書の面白いところは、私たちが普段「常識」として疑わない「言葉は大切」「人の話を聞くことが大切」という前提そのものを疑うことからスタートする点にある。
私は仕事柄、インタビューをすることも多い。時には2時間近いロングインタビューをこなすこともある。いわば「人の話を聞く専門家」だ。そもそも、人の話を聞くのが好きだからこそ、この仕事をやっていると言ってもいい。相手の話を広げ、興味深いエピソードを引き出し、「実はこれ、初めて話すのですが」という言葉に出会えた瞬間などは、プロとして強い誇りを感じる。しかし、日常のコミュニケーションは、用意されたインタビューの場とはまったく異なる。インタビューであれば、事前に質問項目を送り、お互いに目的意識とリスペクトを持って場に臨んでいる。環境が整っているのだ。
著者は、「公私が曖昧になると、人間は不安定になりやすい」と指摘する。そもそも、人間がまともで立派な存在でいられるというのは勘違いなのだ。心身を安心安全に支える基盤があり、社会的な位置や役割などの環境がそろって初めて、人はかろうじてまともでいられる。人間とは、本来それほど不安定な存在だ。だからこそ、日常でどんな人が発する言葉であっても、それがいつも正解で、いつも的確なんてことはあり得ないのである。
ネットの言葉は、いったん「戯言」として距離を置いていい
本書のメッセージは痛快だ。日常生活やネット上で飛び交っている言葉は、科学的に根拠のあるものばかりではない。むしろ、ないものばかりだといっていい。つまり、それらは「戯言(たわごと)」として距離を置いていい。だから、基本はスルーでいいのだ。
私たちは、言葉の価値を過度に持ち上げすぎてしまっているのではないか、と本書は問題提起する。愛着障害、過剰な共感、他人を理想化しすぎる癖。これらはすべて、他人の言葉に振り回される原因になる。しかし、どの言葉を受け取り、どの言葉を受け取らないかは、すべて自分の基準で判断していい。それをどのように解釈するかも、自分で決めていいのだ。
自分が発言する側に回るときも同じである。「自分」を主語にして、自分の考えや感情を話せばいい。相手の頭の中をわざわざ覗き込んで、「どう思われているか」を探る必要などどこにもない。
自他の区別を明確にすること。それによって初めて公的領域が機能し、お互いが気持ちのいいコミュニケーションをとることができる。自分の文脈で相手の言葉を適度にスルーすることは、結果として、相手を尊重することにもつながるのだ。スルースキルとは、単に我慢することではない。他人の文脈に自分を明け渡さず、自分の側で意味を選び直す技術なのだ。
最も印象に残った「言葉を玄関フロアで聞く」という意識
本書を読んで、私が最も救われ、印象に残ったフレーズがある。それは、「他人の言葉は玄関フロアで聞き、そのまま自分の中に入れない」という意識だ。私たちは、他人の心ない言葉を、そのまま土足で自分の部屋に入れてしまうから心が汚れる。その汚れが気になって苛立つし、だからこそ反発する反応も自然と強くなってしまう。
しかし、言葉は玄関で止めればいい。「ああ、そういう言葉を持ってきたのですね」と玄関先で対応し、必要なものだけを受け取り、不要な戯言は外に置いておく。すべてを遮断して耳を塞ぐのではない。すべてを真面目に部屋に招き入れるのでもない。ただ、玄関で一度止める。
書く仕事、発信する仕事をしている以上、批判やノイズを完全にゼロにすることはできない。読まれる回数が増えれば増えるほど、棘のある言葉に触れる機会も比例して増えていくだろう。だからこそ、必要なのは傷つかない「強いメンタル」ではなく、言葉をどこで受け止めるかをコントロールする「技術」なのだ。
本というのは、発売直後の新刊のときだけが読まれるものではない。むしろ、人間の深い悩みにリンクしている書籍ほど、数年が経過したあとでも当たり前のように検索され、誰かの手に取られ続けている。本書も、まさにその類の一冊だと思う。
他人の言葉に傷つかない超人になる必要はない。刺されば痛む、それでいい。ただ、その言葉を自分の奥深くまで通すかどうかは、自分が決めていい。本書は、忘れがちになってしまう「自分を守るための正しい距離感」を、プロの視点から鮮やかに教えてくれる一冊だ。



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