文章の語尾が同じで単調?──「コード」を変えるように、文章のリズムを整える方法
- 三輪大輔

- 1月8日
- 読了時間: 4分
文章を書いていて、「同じ語尾ばかり続いている気がする……」と不安になったことはありませんか?
私自身、原稿を書いている最中にふと立ち止まり、「なんだか単調だな」と感じることがよくあります。特に「です・ます調」で執筆しているときは、変化をつけるのに苦戦する場面も少なくありません。
単調に感じる原因の一つが、語尾のバリエーションです。 厳密なルールはありませんが、同じ語尾は「連続して2回まで」がひとつの目安と言われます。理由は単純で、3回以上続くと文章のリズムが悪くなるからです。
文章の語尾は、音楽の「コード」と同じ
語尾は、音楽でいえば「コード(和音)」のようなものだと私は考えています。例えば、「F、G、C」の3つのコードしか使われない曲を想像してみてください。あるいは「ド・シ・ラ」の3音だけで構成されたメロディといってもいいかもしれません。使う音が限られすぎると展開が単調になり、最後まで聴き手を惹きつけるのは難しくなるでしょう。
しかし、そこにマイナーコードやセブンスを織り交ぜるとどうでしょうか。 一気に曲に奥行きが生まれ、独自の世界観が立ち上がります。聞き手の心を揺さぶるようなドラマチックな展開も生まれるかもしれません。こうした変化があって初めて、Aメロ、Bメロ、サビといった構成が活き、長尺の曲でも最後まで飽きずに聴いてもらえるようになるのです。
文章もこれと同じです。語尾に変化があるからこそ、読者は心地よいリズムに乗って、無意識のうちに読み進めることができます。厳しい言い方をすれば、力量の低い文章ほど、「だ」「である」「体言止め」が延々と続きがちです。音楽にたとえるなら、行進曲のようなものです。単調でリズムが一定なため、読み続けていると次第に疲れてしまいます。
動詞を変えると、情景の解像度が上がる
適切な動詞選びは文章に躍動感を与えるだけでなく、読み手の心も動かします。 意識的に動詞を選ぶことで、描写がより具体的になるからです。
例えば、「料理がある」でも十分に意味は伝わりますが、情景はぼんやりしています。それよりも「料理が並ぶ」「料理がそろう」と書いた方が、食卓の賑わいや準備が整った様子が、鮮明にイメージできるでしょう。同様に、「行う」よりも「力を注ぐ」、「導入されている」よりも「導入が進む」の方が、動きや現場の熱量をよりリアルに伝えることができます。
このように、状態を示す言葉を動きのある言葉に置き換えるだけで、文章の解像度は一気に高まります。語尾のリズムを整え、動詞の選択にこだわる。この小さな積み重ねが、読者を最後まで離さない「読ませる文章」を作るのです。
安易な「逃げ道」が文章を鈍らせる
語尾の重複を避けようとするあまり、多くの人が陥りがちな「逃げ道」があります。それが、「〜という」という表現です。
僕は、この表現を多用するライターをあまり信用していません。そもそも「〜という」は引用や伝聞のための言葉です。インタビュー記事などは、突き詰めれば全てが引用・伝聞ですから、理屈の上ではすべての語尾を「〜という」に置き換えることもできてしまいます。たとえば、次のような文章です。
・この店を経営するオーナーは福岡出身だという
・目玉メニューはポテトサラダで、客の90%がオーダーするという
つまり、語尾が続くことを恐れ、一番違和感の出にくい場所に「〜という」を差し込んでいるケースは少なくありません。しかし、この表現は思考を止めてしまう危険もはらんでいます。「〜という」に頼ったままでは、誰が、何を、どう判断したのかが曖昧になる。思考停止のまま使い続けている限り、文章は上達しません。
「です・ます」は、言い訳にならない
実は、この記事も最初から最後まで「です・ます調」で執筆しています。 しかし、ここまで読み進めていただく中で、語尾が重なることによる「読みづらさ」や「眠気」はあまり感じなかったのではないでしょうか。それは、今回お伝えしたように同じ語尾が続かないよう配慮し、動詞のバリエーションを意図的に増やしているからです。語尾に変化という名の「コード進行」を加えるだけで、お決まりの「です・ます」という制約の中でも、これだけ豊かなリズムを生み出すことができます。
それでは、具体的にどうすれば安易な「~という」に頼らず、語尾のパターンを増やすことができるのか。 具体的な書き換えのテクニックについては、次回詳しく解説します。



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