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ドムドムハンバーガーの名古屋再進出に見るMBOの狙い。藤﨑社長が描く「ブランド再生」から「チェーン再成長」への道筋

  • 執筆者の写真: 三輪大輔
    三輪大輔
  • 5 日前
  • 読了時間: 11分

更新日:21 時間前

                         三輪大輔|外食ビジネスアナリスト


ハンバーガー業界が活況を呈しています。


市場の成長を牽引しているのが、最大手の日本マクドナルドです。2025年12月期は、フランチャイズ店を含む全店売上高が8886億円、最終利益が339億円となり、いずれも過去最高を更新しました。値上げを繰り返しながらも客足は大きく落ちず、ハンバーガーが日常的な外食として定着していることをあらためて示しています。


マクドナルドの好調を追うように、他社も次の成長に向けた動きを加速させています。バーガーキングは積極的な出店を続け、2026年4月には国内355店舗へ到達しました。2028年末までに600店舗を展開する目標を掲げ、マクドナルド、モスバーガーに続く国内第3の勢力として存在感を高めています。


ロッテリアでは、ゼンショーホールディングスの傘下入り後、「ゼッテリア」への転換が進んでいます。モスフードサービスも、「おぼんdeごはん」などを運営するビー・ワイ・オーを約112億円で買収し、ハンバーガーに依存しない事業基盤を築こうとしています。


最大手が過去最高の業績を更新し、後発チェーンが店舗数を急速に増やす一方、買収やブランド転換によって成長を図る企業もある。ハンバーガー業界は、各社がそれぞれ異なる方法で次の成長を目指す局面に入っています。


その中で、店舗数では大手に遠く及ばないものの、独自の方法で着実に存在感を高めているのが「ドムドムハンバーガー」です。2026年7月28日、名古屋市中区の大須万松寺通りに「ドムドムハンバーガー 大須万松寺通店」が開業しました。ドムドムが名古屋へ出店するのは約10年ぶりです。開業当日には早朝から客が集まり、最大で約200人の行列ができました。中には仕事を休み、午前4時半から待っていた客もいたといいます。


約10年ぶりに名古屋へ再進出した「ドムドムハンバーガー 大須万松寺通店」の店舗イメージ
約10年ぶりに名古屋へ再進出した「ドムドムハンバーガー 大須万松寺通店」の店舗イメージ(ドムドムフードサービスリリースより)

なぜ、全国に30店ほどしかないドムドムに、これほど多くの人が集まったのでしょうか。

その背景には、藤﨑忍社長が進めてきたブランド再生と、2026年1月に実施したMBOによって始まった、新たな成長戦略があります。


日本初のハンバーガーチェーンから店舗減少へ

ドムドムハンバーガーは1970年、ダイエーグループによって誕生した、日本で最初のハンバーガーチェーンです。最盛期の1997年には355店舗を展開していました。しかし、親会社だったダイエーの経営不振などの影響を受けて店舗数が減少。2017年にはレンブラントホールディングスの傘下に入り、再建を目指すことになりました。


転機となったのが、2018年に社長へ就任した藤﨑忍氏です。藤﨑氏は39歳まで専業主婦で、その後、アパレル店員や居酒屋経営などを経験しました。外食チェーンで長いキャリアを積んできた経営者ではありません。しかし、従来のチェーン経営の常識に染まっていなかったからこそ、店舗数や効率だけにとらわれない再生策を打ち出せたともいえます。


店舗数ではなく、熱狂的なファンを増やした

私はこれまで、藤﨑社長に4回ほど取材してきました(東洋経済オンラインの記事/「ドムドムバーガー」復活を支える3つの"意外性" ハンバーガー店がアパレルを売るのはなぜか


ドムドムフードサービスの藤﨑忍社長。筆者は2021年の『飲食店経営』での表紙取材をはじめ、これまで4回ほど取材してきた
ドムドムフードサービスの藤﨑忍社長。筆者は2021年の『飲食店経営』での表紙取材をはじめ、これまで4回ほど取材してきた

取材を通して感じたのは、藤﨑氏が、一般的なチェーン経営者とは異なる強みを持っていることです。藤﨑氏が得意としてきたのは、短期間に店舗数を増やすことではありません。客が誰かに話したくなる商品を生み出し、SNSを通じてブランドへの関心を高め、ドムドムを応援したくなる熱狂的なファンをつくることです。


その象徴が、殻付きのソフトシェルクラブを丸ごと挟んだ「丸ごと!!カニバーガー」です。

効率や食べやすさだけを考えれば、通常のチェーンでは採用されにくい商品でしょう。しかし、見た瞬間に面白さが伝わり、写真を撮りたくなる。SNSで話題になり、店舗数の少ないドムドムの存在を全国へ知らせる広告の役割も果たしました。


殻付きのソフトシェルクラブを丸ごと挟んだ「丸ごと!!カニバーガー」。商品そのものが話題を生み、ドムドムのブランド再生を象徴する一品となった(画像提供:ドムドムフードサービス)
殻付きのソフトシェルクラブを丸ごと挟んだ「丸ごと!!カニバーガー」。商品そのものが話題を生み、ドムドムのブランド再生を象徴する一品となった(画像提供:ドムドムフードサービス)

ドムドムの商品は、単に奇抜なのではありません。商品名や見た目だけで魅力が伝わり、「一度食べてみたい」「誰かに教えたい」と思わせる力があります。大手チェーンのように多額の広告費を投じなくても、商品そのものが情報を広げていく仕組みをつくりました。


象のキャラクター「どむぞうくん」を使ったグッズ展開も、ファンづくりに大きく貢献しています。ハンバーガーを販売するだけでなく、バッグやぬいぐるみなどを通じて、客が日常的にドムドムとの接点を持てるようにした。こうしてドムドムは、昔を知る人が懐かしむだけのチェーンではなく、若い世代からも「面白いブランド」として支持されるようになりました。


社員のモチベーションを高めたマネジメント

藤﨑氏が力を注いできたのは、商品やSNSだけではありません。従業員のアイデアを引き出し、挑戦を認めることで、働く人のモチベーションを高めるマネジメントも、ドムドム再生の大きな要因でした。


店舗数が減り続け、会社の将来が見えにくい状況では、現場も自信を失いやすくなります。

藤﨑氏は従業員の声を聞き、良い提案は商品や企画として形にしてきました。自分の考えたものが店頭に並び、客から反応が返ってくる。その経験が、従業員にドムドムで働く意味や誇りを取り戻させました。客、商品、社員の三方向からブランドへの熱量を高めたことが、藤﨑氏による再生の特徴です。


その結果、ドムドムは店舗数こそ少ないものの、他のハンバーガーチェーンにはない個性と、熱量の高いファンを持つブランドへと変わりました。


MBOに込められた三つの狙い

ただし、ブランドを再生することと、再び店舗数を増やすことは同じではありません。話題になる商品を生み出す力があっても、継続的に新店を出せるとは限りません。多店舗展開には、出店候補地の開拓、商業施設との交渉、人材の採用と育成、原材料の安定調達、物流、店舗オペレーションの標準化など、別の専門性が必要になります。


藤﨑氏は、ドムドムを再び人が注目するブランドへと変えました。一方、それをもう一度チェーンとして成長させるには、藤﨑氏の感性や行動力だけに依存しない経営体制が必要だったのでしょう。そこで2026年1月、藤﨑氏はMBOを実施しました。


2026年1月、スガキコシステムズ、ベジテック、スワローホールディングスの出資を受け、MBOを実施したドムドムフードサービス
2026年1月、スガキコシステムズ、ベジテック、スワローホールディングスの出資を受け、MBOを実施したドムドムフードサービス(ドムドムフードサービスリリースより)

レンブラント・インベストメントからドムドムフードサービスの株式を取得し、共同出資者として、スガキコシステムズ、ベジテック、スワローホールディングスの3社を迎えました。藤﨑氏は、3社と組むことでドムドムの事業領域を広げるとともに、変化の激しい市場へ素早く対応できる、柔軟で機動的な経営体制を築く方針を示しています。


今回のMBOには、大きく三つの狙いがあったと考えられます。


一つ目は、ドムドムらしいブランド経営を守ることです。藤﨑氏が進めてきた個性的な商品開発やSNSでの発信、熱量の高いファンとの関係づくりは、ドムドム再生の原動力となりました。大手チェーンと同じように、効率や店舗数だけを追えば、この個性が薄れてしまう恐れがあります。MBOによって藤﨑氏が経営の主導権を握ることで、ドムドムらしさを守りながら、中長期的な視点でブランドを育てやすくなります。


公式発表でも、日本で最も古いハンバーガーチェーンとしての伝統を守り、持続可能なブランドとして次の世代へ引き継ぐことが掲げられています。


二つ目は、チェーン再成長に必要な専門性を取り込むことです。ブランドを再生する力と、多くの店舗を安定して運営する力は同じではありません。


スガキコシステムズは、「Sugakiya」を中心に280店舗以上の飲食店を展開しています。出店開発、店舗運営、人材育成、商業施設との関係づくりなど、多店舗展開に必要な知見を持つ企業です。藤﨑氏自身も、長い歴史を受け継ぎながら多店舗展開するスガキヤとドムドムの親和性は高く、両ブランドの融合によってドムドムの新たな可能性を広げたいとしています。


三つ目は、既存店を守りながら、店舗を増やせる事業基盤をつくることです。現在のドムドムは、特定の地域に店舗を集中させるドミナント型のチェーンではありません。関東、関西、中国、九州などに店舗が点在し、昔から営業を続けているFC店もあります。公式サイトの店舗一覧からも、スーパーマーケットや商業施設内で営業を続けるFC店が各地に残っていることが分かります。


こうした店舗網では、効率だけを優先して既存店を整理し、限られた地域に出店を集中させる方法も考えられます。しかし、長年ドムドムを支えてきたFC店は、ブランドの歴史そのものでもあります。新店を増やす一方で、全国に点在する既存店へ食材を安定して届け、商品品質を維持し、店舗運営を支えなければなりません。


そこで意味を持つのが、ベジテックとスワローホールディングスの存在です。ベジテックは、青果物の仲卸だけでなく、カット野菜などの加工、外食・中食向け商品の製造、品質管理まで手掛けています。全国に産地や加工拠点を持ち、2025年3月期の連結売上高は838億円に上ります。一方で、スワローホールディングスは、冷凍食品メーカーのスワロー食品など、複数の食品関連会社を傘下に持つ企業グループです。スワロー食品は、春巻きを中心とした冷凍食品の製造・販売を手掛けています。


両社の専門性を活用できれば、新商品を量産する体制や食材の安定供給、店舗での調理負担を軽減する加工商品の開発などにつなげられる可能性があります。これは新店を増やすためだけではありません。全国に点在する既存店や、長年ブランドを支えてきたFC店を守りながら、再び店舗網を広げるための基盤強化でもあるのでしょう。


つまり今回のMBOは、単に親会社から独立するためのものではありません。藤﨑氏が再生したドムドムの個性を守りながら、自身にはない専門性を外部から取り込み、「ブランド再生」から「チェーン再成長」へ進むための経営体制をつくり直したのです。


名古屋出店で表れたスガキヤとの相乗効果

今回の名古屋出店は、MBOの効果が目に見える形で表れた象徴的な事例です。


大須万松寺通店が入った場所では、以前、スガキヤの「スーちゃんのSweet Cafe」が営業していました。スガキヤが閉店した後、その場所を活用してドムドムが出店しています。開業日には、スガキコシステムズの菅木伸一会長、菅木寿一社長も駆け付け、スガキヤのイメージキャラクター「スーちゃん」も登場しました。店舗では、スーちゃんとドムドムの「どむぞうくん」を組み合わせたコラボグッズも販売。新たなキャラクターとして、金色の象「スガキン」も誕生しました。


両社が共同で店舗開発を進める契約を結んだわけではありません。しかし、MBOから約半年後に、スガキヤの本拠地である名古屋へ再進出し、スガキヤの跡地を活用した店舗が実現したことには、大きな意味があります。藤﨑氏がつくってきたドムドムへの熱狂と、スガキコシステムズが持つ名古屋での知名度や地域基盤が重なった。その結果が、約200人の行列として表れたと考えられます。


大須万松寺通店は、通常のドムドムとはやや異なる店舗です。公式サイトでは、浅草花やしき店のように、特別メニューと共通の期間限定メニューを提供する店舗と説明されています。店舗限定商品やオリジナルグッズも販売されます。


観光地に出店し、限定商品やグッズを通じてブランドの世界観を発信する「ドムドムハンバーガー 浅草花やしき店」
観光地に出店し、限定商品やグッズを通じてブランドの世界観を発信する「ドムドムハンバーガー 浅草花やしき店」(画像提供:ドムドムフードサービス)

大須は、地元の若者だけでなく、国内外から観光客が集まる地域です。日常的にハンバーガーを食べる場所であると同時に、ドムドムの個性的な商品やキャラクター、世界観に触れてもらうブランドの発信拠点としての役割も期待できます。


店舗数の少なさは、通常のチェーン経営では弱点です。しかし、ドムドムは、その希少性を「わざわざ行きたい店」という価値に変えてきました。今回の大須店も、単に空白地域を埋める出店ではなく、観光地からブランドを発信する戦略的な店舗とみることができます。


藤﨑社長の感性を成長の仕組みにできるか

ドムドムがこれから問われるのは、藤﨑氏の感性によって生まれたブランドの魅力を、企業として持続可能な仕組みに変えられるかです。個性的な商品を生み出し続けながら、食材の調達や調理工程を標準化する。店舗数を増やしながら、現場の自由な発想や従業員のモチベーションを失わない。新しい出店を進めながら、長年ブランドを支えてきた既存店やFC店も守る。これは簡単なことではありません。


しかし、藤﨑氏が一人で全てを担うのではなく、多店舗運営、青果調達、食品製造という異なる専門性を持つ企業を共同出資者として迎えたことには、大きな意味があります。藤﨑氏がドムドムへの熱狂をつくり、新しい株主が成長を支える仕組みをつくる。今回のMBOは、その役割分担を明確にし、ドムドムを次の成長段階へ進めるための経営体制の再構築だったのではないでしょうか。


ハンバーガー業界では、バーガーキングのような大量出店だけが成長ではありません。ドムドムは、店舗数を減らしていく中でブランドの個性を磨き、熱量の高いファンを獲得しました。そして今、そのブランド力に外部企業の専門性を組み合わせ、再び出店へ動き始めています。


名古屋で生まれた約200人の行列は、懐かしいチェーンが戻ってきたことへの一時的な盛り上がりだけではないでしょう。藤﨑氏が再生したドムドムが、MBOを経て「ブランド再生」から「チェーン再成長」へ進み始めたことを示す光景だったといえそうです。


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