「かつやvs松のや」だけじゃない。とんかつチェーン激化の背景を「4象限」で解説
- 三輪大輔
- 6 日前
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更新日:4 時間前
三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
「松のや」が店舗数で「かつや」を上回り、とんかつチェーンの首位に立った。長年、「かつや」が存在感を示してきた市場で起きた首位交代は、とんかつ業界の競争が新しい段階に入ったことを象徴している。
ただし、現在のとんかつ市場を「かつや対松のや」という二社の争いだけで捉えると、全体像を見誤ってしまう。「和幸」や「新宿さぼてん」といった老舗チェーンに加え、「かつさと」物語コーポレーションの「熟成肉とんかつ ロース堂」、ホットランドの「厚切りとんかつ よし平」、串カツ田中ホールディングスの「厚とん」など、異なる強みを持つプレイヤーが存在感を高めているからだ。
現在のとんかつチェーンは、「リーズナブル/やや高価格帯」という価格軸と、「駅前・都市型/郊外・ロードサイド」という立地軸で整理すると分かりやすい。それぞれの市場に異なる勝ち筋が残されていることが、とんかつ業界全体の活況につながっている。では、各社はどの領域を主戦場とし、どのような強みで成長を目指しているのか。4つの象限に分けて見ていきたい。
①リーズナブル×駅前・都市型/松のや
この市場を代表するのが、松屋フーズホールディングスの「松のや」だ。
松のやが急速に店舗数を増やした最大の理由は、「松屋」との併設店を積極的に展開してきたことにある。松屋の既存店舗に松のやを組み合わせれば、物件や厨房設備、人員などを一定程度共有できる。さらに、松屋フーズが持つ仕入れ、物流、商品開発、店舗運営の基盤も活用できる。新たに単独のとんかつ店を一から出店するよりも、投資や運営の効率を高めながら、店舗網を広げやすい。

かつやも神田、秋葉原、池袋、新宿、渋谷など主要駅の周辺に出店してきたが、主力はあくまでロードサイドだった。一方、松のやは松屋の既存店舗を活用した併設店によって、駅前・都市部の店舗網を短期間で広げた。この出店手法の違いが、店舗数の逆転につながったと見ることができる。つまり、松のやの強さは、低価格の商品だけにあるのではない。「松屋」という既存インフラを活用しながら、とんかつ業態を拡大できることが、最大の競争力になっている。
牛めし、カレー、とんかつを一つの店舗で扱えば、利用動機や客層も広げられる。家族やグループで好みが分かれた場合にも対応でき、店舗の売上を高める効果も期待できる。一方で、駅前や都市部は賃料や人件費の上昇の影響を受けやすい。今後も現在の価格競争力を維持しながら出店を続けられるかは、併設化を含めたさらなる効率化にかかっている。
②やや高価格帯×駅前・都市型/和幸、新宿さぼてん、厚とん
駅ビルや百貨店、商業施設を中心に強い基盤を持つのが、「とんかつ和幸」と「新宿さぼてん」だ。
松のやなどの低価格チェーンと比べれば価格は高いが、その分、料理やサービスの安定感、店舗の落ち着き、ブランドへの信頼がある。とんかつは揚げ時間がかかり、価格も決して安くない。だからこそ、利用客にとっては「失敗したくない」という意識が働きやすい。長年の営業によって築かれた安心感は、和幸やさぼてんの大きな資産になっている。両ブランドとも、店内飲食だけでなく、持ち帰り商品や総菜の販売にも力を入れている。レストランでの食事需要と、家庭で食べる中食需要の両方を取り込めることが強みだ。
その中でも、さぼてんは商業施設や駅周辺に持ち帰り専門店を幅広く展開し、外食だけでなく、「家庭のおかず」としてのとんかつ需要を開拓してきた。一方、和幸もレストランに加えて売店事業を展開している。店内での定食体験を主軸にしながら、持ち帰り需要も取り込むことで、ブランドとの接点を増やしている。和幸とさぼてんは、急激に店舗数を増やすというよりも、人流が見込める商業施設や駅ビルなどに出店し、ブランドの信頼を積み上げるモデルといえる。
この市場に新たに参入したのが、串カツ田中ホールディングス、現在のユニシアホールディングスが開発した「厚切りとんかつ 厚とん」だ。2025年、東京・五反田に1号店を開業した。羽釜で炊いたご飯と、低温でじっくり揚げた厚切りのとんかつを打ち出す、高付加価値型の業態である。

串カツ田中は、串カツを中心とした居酒屋事業で成長してきた。しかし、居酒屋だけに依存しない事業構造をつくるには、日常的な食事需要を取り込める業態も必要になる。その点、とんかつは昼食にも夕食にも利用され、酒類需要に左右されにくい。厚とんは、同社が揚げ物で培ってきた技術やノウハウを生かしながら、食事業態へ領域を広げる試みと見ることができる。
また、とんかつは日本国内だけでなく、海外でも比較的理解されやすい日本食である。厚とんが将来的な海外展開まで想定して開発されたかは慎重に見る必要があるが、海外へ展開できる可能性を持つブランドであることは確かだ。
老舗ブランドが安心感と販売網で市場を支える一方、新興ブランドが厚切りや炊きたてのご飯といった分かりやすい付加価値を持ち込む。駅前・都市型のやや高価格帯でも、競争の幅が広がり始めている。
③リーズナブル×郊外・ロードサイド/かつや、かつさと
郊外のロードサイドで、リーズナブルなとんかつを日常食として定着させたのが「かつや」だ。
かつやの強みは、単に安いことではない。調理工程を標準化し、専門的な技術がなくても一定水準の商品を提供できる仕組みを整えてきた。定食だけでなく、かつ丼やカツカレー、期間限定商品を組み合わせることで、繰り返し利用する理由もつくっている。会計時に配布する100円割引券も、再来店を促す象徴的な仕組みだ。割引券を期限内に利用する常連客が増えれば、日常的に利用される低価格帯のとんかつ店としての立場がより強固になる。かつやは、ロードサイドの物件開発、仕入れ、調理の標準化、販促を組み合わせることで、長年にわたりとんかつ市場を牽引してきた。

同じ象限に位置する「かつさと」は、かつやとは異なる形で店舗を広げている。かつさとは郊外や地方都市を中心に、フランチャイズも活用しながら展開している。商品構成やオペレーションを比較的シンプルにすることで、加盟店が運営しやすいモデルをつくってきた。全国一律に大規模な直営店を出すというよりも、それぞれの地域に根差した事業者と組みながら、店舗網を広げている点が特徴だ。
同じリーズナブルなロードサイド型でも、かつやが自社の強い仕組みとブランドで市場を広げてきたのに対し、かつさとはフランチャイズを活用した機動的な展開を進めている。
④やや高価格帯×郊外・ロードサイド/ロース堂、よし平
今後、競争がさらに活発になりそうなのが、郊外・ロードサイドのやや高価格帯である。
この市場では、単にとんかつを提供するだけでなく、厚切りの肉、熟成、銘柄豚、炊きたてのご飯、店舗空間などを組み合わせ、価格に見合う体験をつくることが求められる。
物語コーポレーションの「熟成肉とんかつ ロース堂」は、その代表的な事例だ。物語コーポレーションは、「焼肉きんぐ」や「丸源ラーメン」などを通じて、郊外のロードサイドにおける物件開発と家族客の集客ノウハウを蓄積してきた。ロース堂も、単に高品質な肉を提供するだけではなく、家族で利用できる店づくりや、商品の見せ方、サービスを含めて業態を設計している。物語コーポレーションが得意とする郊外型のフルサービス業態として、どこまで広げられるかに注目したい。

ホットランドが展開を進める「厚切りとんかつ よし平」も興味深い。よし平は和歌山県を中心に展開してきた地域ブランドで、2025年にホットランドグループの傘下に入った。その後、関東のロードサイドを中心に出店が進められている。
ホットランドは「築地銀だこ」だけでなく、「野郎めし」など複数の業態を展開している。既存店舗や物件開発の基盤を活用しながら、厚切りとんかつという分かりやすい付加価値を持つブランドを、関東で育てようとしていると考えられる。
なぜ今、大手外食企業は「とんかつ業態」に熱視線を送るのか?
では、なぜこれほど多くの企業が、とんかつ業態に注目しているのだろうか。
一つは、とんかつが価格に対する納得感をつくりやすいことだ。とんかつ定食は、肉、ご飯、味噌汁、キャベツなどが一つの食事として構成されている。単品商品に比べて満足感を伝えやすく、肉の厚さや品種、熟成、ご飯や付け合わせによって付加価値もつくりやすい。原材料費や人件費が上昇する中でも、商品の違いを明確にできれば、一定の価格転嫁をしやすい業態といえる。
二つ目は、調理機器の進化である。とんかつは本来、肉の厚さや温度、油の状態を見ながら揚げる必要があり、調理する人の技術に品質が左右されやすい料理だった。しかし、フライヤーの温度管理や揚げ時間の制御が進化し、食材の加工や調理工程も標準化されてきた。店舗で働くスタッフの経験に頼りすぎず、一定品質の商品を提供しやすくなったことが、多店舗展開を後押ししている。
もちろん、機械を入れれば自動的においしいとんかつができるわけではない。肉の選定や下処理、パン粉、油、揚げ方、提供までの時間を含めた設計が必要になる。それでも、以前に比べれば、技術を仕組みに置き換えられる範囲は広がっている。
三つ目は、とんかつに外食ならではの体験が残っていることだ。揚げたての衣の食感、香り、肉を切ったときの断面、熱々の商品が目の前に運ばれてくる感覚は、持ち帰りや家庭での食事では完全に再現しにくい。外食に求められる価値が、単なる空腹を満たすことから、その場でしか得られない体験へと移る中で、とんかつは強みを発揮しやすい。
さらに、とんかつは定食だけでなく、かつ丼、カツカレー、サンドイッチ、持ち帰り総菜などに展開できる。店舗の立地や客層に応じて、複数の需要を取り込めることも魅力だ。
「かつや対松のや」だけでは見えない競争
「松のや」が店舗数で首位に立ったことで、とんかつ市場は「かつや対松のや」という構図で語られやすくなった。
しかし、実際には、両社が全く同じ市場で戦っているわけではない。松のやは松屋との併設を軸に、都市部や駅前も含めて高効率な店舗網を広げている。かつやはロードサイドを中心に、日常使いのとんかつ、かつ丼需要を獲得してきた。和幸やさぼてんは、商業施設や駅ビルで、安心感と品質を提供する。かつさとは、郊外や地方都市でフランチャイズを活用しながら広がっている。さらに、ロース堂、よし平、厚とんは、郊外で価格以上の価値を提供する新しい市場を狙っている。
同じとんかつを扱っていても、立地も価格も、来店する客も、求められる体験も異なる。だからこそ、現在のとんかつ業界は、一つの王者を決める単純な競争ではない。低価格と高効率を追求する企業、長年のブランド力を生かす企業、フランチャイズで地域を広げる企業、郊外で新しい付加価値をつくる企業が、それぞれの市場で成長を目指している。
とんかつチェーンが売っているのは、同じ一枚のとんかつではない。松のやは効率性を、和幸やさぼてんは安心感を、かつややかつさとは日常性を、ロース堂やよし平は郊外での少しぜいたくな食事体験を提供している。四つの象限に、それぞれ異なる勝ち筋がある。それが、現在のとんかつ市場を賑やかにしている最大の理由ではないだろうか。