サンマルクHDはなぜ「つるとんたん」に128億円を払えるのか? 今、100億円M&Aを連発する理由

三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
サンマルクホールディングス(HD)が、大きく変わり始めている。
2026年9月17日、サンマルクHDは、カトープレジャーグループ(KPG)傘下のケー・エキスプレスから「つるとんたん」などの事業を128億円で承継すると発表した。対象となるのは、「つるとんたん」など国内直営14店舗、海外FC2店舗に加え、製麺やギフト商品の販売事業。2026年3月期の売上高は61億3500万円だった。サンマルクHDは、チェーンオペレーションや物件情報網を活用した国内主要都市への出店、物流網による調達コストの低減、ASEANを含む海外展開を進めるとしている。
興味深いのは、128億円という金額だけではない。サンマルクHDは2024年、「京都勝牛」などを展開するジーホールディングスを112億円で、「牛かつもと村」を展開するB級グルメ研究所ホールディングスなどを105億円で相次いで取得した。今回の「つるとんたん」を加えると、約2年間で3件、総額345億円規模の大型M&Aを実行することになる。
かつて「サンマルクカフェ」「鎌倉パスタ」など、自社でブランドを育て、店舗を増やしてきた会社は、なぜ100億円を超えるM&Aを繰り返せるようになったのか。

今回の128億円を理解するには、「つるとんたんにそれだけの価値があるのか」だけでは足りない。見るべきは、サンマルクHDが「128億円を出せる会社にどう変わったのか」である。
「売上61億円を128億円で買う」は高いのか
今回承継する事業の売上高は61億3500万円。それに対して対価は128億円なので、単純に計算すれば売上高の約2.1倍になる。しかし、この数字だけで「高い買収」と判断することはできない。
M&Aで重要になる指標の一つがEBITDAだ。EBITDAは簡単にいえば、営業利益に減価償却費などを足し戻し、事業そのものがどれだけ稼ぐ力を持っているのかを見る指標である。仮に年間EBITDAが5億円なら、128億円はその25倍を超える。一方、20億円なら6倍程度になる。同じ128億円でも意味はまったく違う。
ところが今回、サンマルクHDが公表しているのは対象事業の売上高までで、利益やEBITDAは開示されていない。承継する資産の帳簿価額は12億1600万円、承継する負債はない。取得原価の配分や「のれん」の金額についても精査中としている。
つまり現時点では、128億円が高いか安いかを外部から判断する材料は十分ではない。むしろ重要なのは、サンマルクHDが取得後に、この事業の稼ぐ力をどこまで高められるかだろう。
サンマルクHDは「借りない会社」から変わった
財務を見ると、この数年間の変化はさらに鮮明になる。2024年3月期末のサンマルクHDには銀行借入金がなく、約60億円の社債があった。現金及び預金は約167億円だった。ところが、京都勝牛と牛かつもと村を取得した2025年3月期には、50億円の短期借入れと175億円の長期借入れを実行している。子会社株式の取得による支出は約206億円に達した。
これはかなり大きな転換である。これまで蓄積してきた自己資金を中心に店舗をつくるだけではなく、借入金も使って、すでに顧客、店舗、ブランド、収益力を持つ会社そのものを買う。つまり、成長にかかる「時間」を外部から取得する経営へ踏み込んだ。
その結果も数字に表れている。2024年3月期に646億円だった売上高は、2026年3月期には884億円まで拡大した。営業利益も26億円から51億円へ増えている。一方で、2024年3月期にはほぼ存在しなかった「のれん」は、2025年3月期末に約169億円、2026年3月期末でも約152億円が残っている。長期借入金も2026年3月期末で約175億円ある。
売上と利益が増えた一方で、貸借対照表には借入金とのれんが積み上がった。ここにM&Aで成長する企業の特徴が見える。
「のれん」とは何なのか
たとえば100億円で外食企業を買ったとする。その会社が持つ店舗、設備などを時価で評価し、負債を差し引いた価値や、商標権など個別に認識できる無形資産を評価しても、100億円には届かないことがある。それでも100億円を払うのは、ブランド力、顧客基盤、ノウハウ、将来の出店余地、そして買い手とのシナジーによって、将来さらに利益を生み出せると考えるからだ。買収価格から、こうした識別可能な資産・負債を時価評価して配分した後に残る部分が「のれん」になる。
つまり、「のれんが大きいから高く買える」のではない。「高い金額を払っても将来回収できる」と買い手が判断した結果として、大きなのれんが発生する。そして、ここからが重要になる。買収したブランドの売上や利益は、取得後のグループ業績に加わる。一方で、買収のために借入金を増やせば利息や返済負担が生まれ、のれんも将来の利益によって価値を証明し続けなければならない。M&Aによる増収増益と、自社の既存店が成長したことによる増収増益は、同じ「増収増益」でも中身が違うのである。
サンマルクHDは、買ったブランドをさらに稼がせられるか
ここでEBITDAが重要になる。
外食企業のEBITDAを増やす方法は、店舗を増やすことだけではない。既存店の客数を増やす。客単価を上げる。原価率を改善する。人員配置を最適化する。物流を統合する。本部機能を共通化する。FCを活用して投資負担を抑えながら店舗網を広げる。売上100億円、EBITDA5億円のブランドを買い、こうした改善によってEBITDAを10億円にできれば、同じブランドでも企業価値は大きく変わる。
ここに外食M&Aの面白さがある。単独では出店力や本部機能に限界があるブランドでも、大手外食グループに入れば、生産性を改善できる可能性がある。現在の生産性が必ずしも高くないことが、強い買い手にとっては逆に「改善余地」になる場合もある。
もちろん、「つるとんたん」の生産性が低いという意味ではない。ただし、サンマルクHD自身が今回、チェーンオペレーション、物件情報網、物流網を活用して規模拡大と調達コスト低減を進めると明記している。つまり128億円で現在の事業を買うだけではなく、サンマルクHDの経営資源を加えることで、取得後の価値をさらに高めることが前提になっていると考えられる。
その先を走っているコロワイド
サンマルクHDのM&Aは、「つるとんたん」で終わるとは限らない。同社は中期経営計画で、牛カツ業態の買収後も「引き続きM&Aによる業態拡大も狙う」と明記している。さらに2026年に再構築したグループのビジョンでは、「世界中の人々に、最高のひとときを提供するリーディングカンパニーになる」とし、世界で愛されるブランドの育成やグローバル市場での存在感向上を掲げた。
つまり、自社で新しいブランドを一から育てるだけでなく、すでにブランド力や収益力を持つ外食企業をM&Aで取り込み、サンマルクHDの出店力や運営ノウハウを加えて成長させる。この手法が今後、同社の成長戦略の一つになっていく可能性がある。
実際、外食業界にはM&Aを成長の大きな原動力としてきた企業がある。コロワイドだ。同社は「牛角」を展開するレインズインターナショナル、「かっぱ寿司」のカッパ・クリエイト、「大戸屋」を展開する大戸屋ホールディングスなどをM&Aによってグループに加えてきた。2025年には豪州のSeagrass、2026年には「カフェ・ベローチェ」「珈琲館」などを展開するC-Unitedも傘下に収めている。コロワイド自身も、現在の成長を語るうえで「積極的なM&A」を鍵として位置づけている。
ただし、サンマルクHDとコロワイドには大きな違いがある。サンマルクHDは日本基準を採用しているため、のれんを一定期間で償却する。実際、2026年3月期にはのれん及び商標権の償却などによって無形固定資産が約21億円減少した。一方、IFRSを採用するコロワイドでは、のれんを毎年定額で償却しない。その代わり、買収時に期待した収益力が失われれば減損処理が必要になる。コロワイドも2026年3月期、業績が低迷したカッパ・クリエイトやアトムを中心に減損損失を計上している。
M&Aを繰り返せば、買収した企業の売上や利益を取り込み、グループを短期間で大きくできる。しかし、それは無料の成長ではない。借入金が増え、のれんが積み上がり、買収した企業が期待した利益を出せなければ、その負担が一気に表面化する可能性がある。
128億円の成否は、これから決まる
2026年3月期のサンマルクHDは売上高884億円、営業利益51億円となり、売上高は過去最高を更新した。店舗数も868店舗まで拡大している。しかし、ここから見るべき数字は売上高だけではない。借入金はいくらまで増えるのか。のれんはいくら発生するのか。「つるとんたん」の店舗数はどこまで増えるのか。そして何より、取得したブランドがどれだけ利益とキャッシュを生み出すのか。
KPGにとって「つるとんたん」は、現在の店舗数が最適な規模だった。一方、サンマルクHDは国内主要都市への出店と海外展開を描いている。同じブランドでも、オーナーが変われば価値は変わる。だから今回の128億円について、本当に問うべきなのは「つるとんたんに128億円の価値があるのか」だけではない。
サンマルクHDが、「つるとんたん」を128億円以上の価値を持つ事業へ育てられるのか。サンマルクHDは、自社でブランドをつくり、店舗を増やす外食企業から、外部の強いブランドを買い、自社の経営資源を加えてさらに大きくする企業へ変わり始めている。「つるとんたん」の買収は、その転換が成功するかどうかを占う、大きな一手になりそうだ。


