パクリは、だめだ。一次情報の価値と、ライターの倫理性について
- 三輪大輔

- 2 日前
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更新日:23 時間前
違和感は、確信に変わった
違和感を覚えたのは、実は今回が初めてではない。以前にも一度、似た感覚を抱いたことがあった。そのときのきっかけは、記事の中で使われていた数字だった。なぜここだけ、古いデータなのだろうか。そういえば、ここの論理展開は、どこか見覚えがあるな。読み進めていくうちに、ふと気づいた。これは、以前自分が書いた記事の構成と、あまりにも似ているのではないか。とはいえ、そんなことが本当に起きるはずがない。そう思っていたからこそ、正直なところ驚いた。
偶然だろう。焦っていたのかもしれない。
そのときは、そう自分に言い聞かせた。しかし今回、違和感は確信に変わった。再び、論理展開が似ている。扱っているネタも、かなりの部分で重なっている。そして、タイトルまで被った。率直に言えば、「やっているな」という印象を持たざるを得なかった。
カンニングは、最初だけ成功する
これは、カンニングに似ている。普段は60点しか取れない。しかし、隣の席の優秀な生徒の答案を覗き、100点を取ってしまった。しかも、それを褒められた。実力以上に評価されると、人は次も同じ手を使いたくなる。やがて罪悪感は薄れ、「評価されたい」という気持ちが先に立つ。
これは、あるプラットフォームで実際に起きている構造だ。トピックスの選定が恣意的で、編集部が実質的な編集権を持たない。ある意味、無法地帯である。秩序は、プロの倫理観だけで保たれている。だからこそ、その倫理が崩れた瞬間、歯止めが利かなくなる。おそらく、その人は私以外の文章からも拝借しているのだろう。
肩書きとAIが生む、錯覚
そもそも、ただのライターが「ジャーナリスト」を名乗ってしまった。社会的に評価される肩書きが、欲しかったのかもしれない。ただ縁のないジャンルについては、AIが文章を整えてくれる。適当に情報を流し込めば、それらしい体裁はできてしまう。便利な時代だ。
彼がAIを駆使しているだろうなと感じた理由がある。数字の全角と半角が、不自然に混在していたからだ。これは、人が自分で書いていない文章によく見られる痕跡である。さらに、事実への言及が弱い。一次情報に当たっていない文章の特徴だ。
倫理観として、これは当たり前の話である。パクリは、だめだ。
「発展」と「盗用」は、まったく違う
誤解してほしくない。過去の論考を踏まえ、別の角度から書くことは大歓迎だ。私自身もそうしてきたし、そうされて学ぶことも多い。
以前、私は新たに台頭した居酒屋を「ポスト御三家」と呼び、定義づけた。その後、日経MJが「居酒屋第4世代」と名づけ、そちらが定着した。正直に言えば、私は「御三家」という言葉に縛られていた。串カツ田中や肉汁餃子のダンダダン、鳥貴族の流れを十分に含められていなかった。だからこそ、「第4世代」という整理には納得している。論理とは、そうやって発展していくものだ。
前提となる知識や視点が共有されることに、痛みはない。しかし、ネタそのものをなぞる。新しい視点がない。論理展開が同じ。検索しても二人しか使っていない言葉を、あえてタイトルに使う。それは違う。
巧妙になっただけで、本質は変わらない
ライターとして稼ぐには、ある程度のスピードが求められる。かつては、コピペという誘惑もあったが、ある程度、判定ができるようになり、一気に見なくなった。
今はAIがある分、手口は巧妙になった。しかし、本質は変わらない。いずれ、必ず露呈する。なぜなら、実力が伴っていないからだ。Googleが求めているのは、一次情報である。それはAI検索でも参照される。実際、このサイトもAI経由の流入が増えている。評価されるべきなのは、借り物の文章ではなく、現場に立ち、考え、言語化した一次の言葉である。
その意味からも、ライターとして生き残るには、圧倒的な専門性が必要だ。かつて、ライターという仕事は、ある意味で「マニアックな専門性」がなければ成立しなかった。現場を知り、業界を知り、固有名詞と数字を自分の言葉で扱えることが前提だった。
しかしインターネットの普及とともに、情報を集め、まとめ、整えるだけでも記事が成立する時代が訪れた。いわゆる「コタツライター」が増え、書き手の裾野は大きく広がった。それは、多くの人にとって「生きる選択肢」を増やしたという点で、決して否定されるべきものではない。
ただし、その前提は静かに崩れつつある。情報を集め、要約し、体裁を整える作業は、いまやAIの最も得意とする領域だからだ。これから淘汰されていくのは、AIに置き換えられる書き手ではない。AIにしかできないことしかしてこなかった書き手である。
逆に言えば、現場を持ち、専門を持ち、一次情報を言語化できる人間は、これからますます希少になる。AI時代において、ライターの価値は薄まるのではない。むしろ、より残酷な形で、本来の実力は可視化されていく。かつて「ジャーナリスト」という言葉が、肩書きだけ先行し、次第に形骸化していったように。



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