スターバックスはなぜ好調な日本事業を売却するのか。中国型モデルから読む次の一手

三輪大輔|外食ビジネスアナリスト
9月16日、ロイターはスターバックスが日本事業の過半数株式の売却を検討していると報じた。日本事業の企業価値は約30億ドルとされ、正式な売却プロセスが2026年第4四半期にも始まる可能性があるという。日本には1883店舗があり、スターバックスにとって最大の海外市場である。しかも日本事業は不振ではなく、むしろ好調な市場の一つだ。

では、なぜスターバックスは好調な日本事業を売ろうとしているのか。その答えを考える上で、改めて注目したいのが中国である。スターバックスは中国ですでに、従来とは異なる事業運営へ踏み出している。もし日本でも同じ方向へ進むのであれば、今回の売却検討は単なる事業の切り離しではない。
スターバックスという企業そのものが、世界でどのような経営モデルへ移行しようとしているのか。今回は、中国で何が起きているのかを整理しながら、日本事業が今後どのように変わる可能性があるのかを考えてみたい。
中国で始まった「60%対40%」の新モデル
スターバックス中国では2026年4月、Boyu Capitalとの合弁会社への移行が完了した。Boyu Capitalが中国の小売事業の60%を保有し、スターバックスは40%を残した。さらに重要なのは、スターバックス本体がブランドと知的財産を引き続き保有し、それを合弁会社にライセンスする点である。
スターバックスは中国事業を完全に手放したわけではない。店舗運営の主導権や資本負担の一部を現地パートナーへ移しながら、スターバックス自身は株主として残り、ブランドも握り続ける。従来の「自分たちで店舗を持ち、自分たちで運営する」方式と、一般的なフランチャイズの中間にあるようなモデルだ。
しかも、縮小を前提とした取引でもない。合弁会社は約8000店舗を引き継ぎ、長期的には中国で最大2万店舗まで拡大する構想を掲げている。スターバックス側も、中国を依然として重要な成長市場と位置付けている。つまり中国で起きているのは、「撤退」ではなく「持ち方の変更」なのである。
なぜスターバックスは40%を残したのか
では、なぜ100%売却ではなく、40%を残したのか。
一つは、将来の成長利益を取り込むためである。完全売却であれば、その後、中国市場がどれだけ成長しても、スターバックスが得られる経済的な恩恵は限定される。しかし40%を残しておけば、事業が成長した際の利益を引き続き取り込むことができる。
もう一つは、事業への関与を残すためだ。ただし、ブランドをコントロールする仕組みとしてより重要なのは、持株比率そのものではない。中国ではスターバックス本体がブランドと知的財産を保有し、それを合弁会社にライセンスしている。運営主体が現地側へ移っても、「スターバックス」というブランドそのものは本体が握り続ける。つまり、運営は現地パートナー。資本は60対40。ブランドとIPはスターバックス。という役割分担になっている。この構造なら、資本負担を軽くしながら市場には残り続けることができる。
日本でも「中国型」になる可能性
今回、日本事業でも「過半数」の売却が検討されていると報じられた。この点は、中国モデルとの共通性を感じさせる。もちろん現時点では売却自体が正式決定したわけではなく、持株比率や契約内容も決まっていない。ただし、仮に日本でも外部の投資家が過半数を持ち、スターバックスが少数持分とブランドを残すのであれば、中国で採用したモデルにかなり近い。
この方式には、買い手側にもメリットがある。日本事業を100%取得する場合、必要となる資金は巨額になる。一方、取得するのが過半数にとどまれば、必要資金を抑えることができる。さらに、スターバックス本体が株主として残り、ブランドや知的財産も引き続き提供するのであれば、買い手にとっては完全に独力で事業を運営するよりリスクが小さい。売り手であるスターバックスにとっても、資本を回収しながら日本市場には残ることができるのだ。
過半数売却という方式は、売り手と買い手の双方にとって成立させやすい。実際、ロイターは、日本事業には国内外のPEファンドが関心を示していると報じている。
PEファンドが買えば、何が変わるのか
では、仮にPEファンドが日本事業の過半数を取得した場合、何が起きるのだろうか。ファンドにとって重要になるのは、単純に店舗数を増やすことではない。買収後に、その事業の「稼ぐ力」をどこまで高められるかである。
M&Aでよく使われる指標の一つがEBITDAだ。EBITDAは、減価償却などの影響を除き、本業でどれだけ利益を生み出しているのかを見る際に使われる。ファンドは事業を買収した後、このEBITDAを高めることで企業価値を引き上げ、将来の売却や上場などにつなげようとする。
方法は大きく二つである。売上を伸ばすか。コストを下げるか。売上側では、既存店売上の向上、客単価の引き上げ、新規出店、フードや物販の強化などが考えられる。コスト側では、人件費、物流費、調達費、本部コスト、店舗オペレーションの効率化などが対象になる。
店舗数を増やすことも選択肢にはなるだろう。ただし、重要なのは「何店舗あるか」ではなく、その店舗網がどれだけ利益を生み出しているかである。
スターバックスでは「効率化」が難しい
ここに、スターバックス特有の難しさがある。
一般的な外食企業であれば、人員配置を効率化する。店を小型化する。回転率を高める。モバイルオーダーを増やす。こうした施策によって利益率を改善できる可能性がある。しかし、スターバックスでは効率化を進めすぎると、ブランド価値そのものを傷つける恐れがある。
スターバックスの価値は、コーヒーだけではない。店内の空間。スタッフとの接点。仕事や読書ができる時間。友人と話す場所。いわゆる「サードプレイス」としての体験まで含めて、スターバックスというブランドが成立してきた。
一方、米国ではモバイルオーダーやテイクアウトの拡大によって利便性が高まる中、店舗体験とのバランスが課題になってきた。現在、CEOのBrian Niccol氏は「Back to Starbucks」を掲げ、スターバックスを再びコーヒーハウスとして立て直す取り組みを進めている。中国でも、新たな合弁会社は店舗環境や顧客体験の強化を成長戦略の一つに挙げている。つまりスターバックス自身が、利便性や効率だけでは十分ではないことを認識している。
日本で問われる「EBITDAとブランド」の両立
もしPEファンドが日本事業に入れば、当然ながら収益力の向上が求められる。モバイルオーダーを増やす。オペレーションを効率化する。小型店を増やす。不採算店を整理する。
本部コストを見直す。こうした施策は十分に考えられる。
しかし、やりすぎれば「スターバックスで過ごす理由」が薄れる。短期的にはEBITDAが上がっても、長期的にブランド価値が落ちれば、最終的な企業価値まで下がる可能性がある。スターバックス日本事業で問われるのは、単純にどこまでコストを削れるかではない。ブランド価値を守りながら、どこまで稼ぐ力を高められるかである。これは通常の外食企業のM&A以上に難しいテーマだろう。
スターバックスは「店舗を持つ会社」から変わるのか
ここまで整理すると、日本事業売却の意味も少し違って見えてくる。
スターバックスは、「世界中の店舗を自ら抱えて運営する会社」から、「ブランドと知的財産を握りながら、資本や運営の持ち方は市場ごとに変える会社」へ移行しつつあるのではないか。
実際、スターバックス自身は国際事業について「asset-light growth driver」と表現している。中国では直営中心だった事業をライセンスモデルへ移し、40%の持分を残したまま、現地パートナーの資本と運営力を活用する方式へ変えた。さらに今後、国際市場ではライセンス店舗の拡大を加速させる方針も示している。
これは、世界の大半をフランチャイズやライセンスで展開するマクドナルドと完全に同じではない。ただし、店舗資産をすべて自社で抱えない。現地パートナーの資本を活用する。その一方で、ブランドや商品、顧客体験の中核は本部が握る。という方向性には共通する部分がある。
日本事業の過半数売却が実現すれば、それは単なる大型M&Aではない。スターバックスのグローバル経営モデルの転換を象徴する案件になる可能性がある。
そして、その先にもう一つの問いが残る。日本のスターバックスは、効率化した後も「スターバックス」であり続けられるのか。日本では、店舗で過ごす時間そのものがブランドの価値になっている。だからこそ、買収後に問われるのは効率化そのものではない。効率化とブランド価値を、どう両立するのか。日本のスターバックスの次の成長を左右するのは、そこなのではないだろうか。


